Wikipedia 「熊野」小事典
熊野
熊野(くまの)
日本の地名。
#熊野:和歌山県と三重県にわたる紀伊半島南部一帯。古地名で言う紀伊国牟婁郡に相当する地域を指し、熊野三山(田辺市の熊野本宮大社・新宮市の熊野速玉大社・那智勝浦町の熊野那智大社)を中心とする熊野信仰の中心地として知られる。
#熊野市:三重県にある市。
#島根県松江市の地名。熊野大社がある。
#熊野町:広島県安芸郡 (広島県) 安芸郡の地名。
熊野 (重巡洋艦):大日本帝国海軍 日本海軍の最上型重巡洋艦。
日本人の姓の一つ:熊野輝光(元プロ野球選手)など。
能の作品の一つ。この場合『ゆや』と読む。そこから派生した箏曲等もある。熊野 (能)参照。
熊野寮
『京都大学』より : ふりがな=きょうとだいがく
英称=Kyoto University
大学設置年=1897年
創立年=1869年
学校種別=国立
設置者=国立大学法人京都大学
本部所在地=京都府京都市左京区吉田本町
キャンパス=吉田(京都府京都市左京区)宇治(京都府宇治市)桂(京都府京都市西京区)
学部=総合人間学部文学部教育学部法学部経済学部理学部医学部薬学部工学部農学部医療技術短期大学部
研究科=人間・環境学研究科文学研究科教育学研究科法学研究科経済学研究科理学研究科医学研究科薬学研究科工学研究科農学研究科エネルギー科学研究科アジア・アフリカ地域研究研究科情報学研究科生命科学研究科地球環境学大学院公共政策大学院経営管理大学院
熊野市
自治体名=熊野市
地方=近畿地方
都道府県=三重県
支庁=
コード=24212-8
面積=373.63
境界未定=なし
人口=21,653
人口の時点=2004年10月1日
隣接自治体=三重県
尾鷲市、御浜町、紀宝町
和歌山県
新宮市、北山村
奈良県
上北山村、下北山村、十津川村
熊野街道
熊野街道(くまのかいどう)は、京都 京から大阪 大坂を経て熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)への参詣に利用された街道の総称。紀伊路とも呼ばれた。
説教浄瑠璃の小栗判官にちなみ小栗街道ともいう。当初は、渡辺津から熊野までが一体として扱われたが、近世以後は紀伊田辺を境に紀伊路・中辺路と区分されるようになった。後者の中辺路は、ユネスコの世界遺産 世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録されている。
街道は、摂津国 摂津大阪 大坂の渡辺津(窪津ともいう。大阪市中央区 (大阪市) 中央区天満橋付近)を起点に四天王寺(大阪市天王寺区)、住吉大社(大阪市住吉区)、堺市 堺、和歌山市 和歌山などを通り、紀州田辺市 田辺を経て、中辺路または大辺路によって熊野三山へと向かう道筋だった。京からは渡辺津までは淀川を舟で下った。
熊野岳
『蔵王連峰』より : 蔵王連峰(ざおうれんぽう)は山形県と宮城県の県境、奥羽山脈の南部にあたる連峰。山形・宮城両県民には単に蔵王と呼ばれ親しまれている。主峰の熊野岳は山形側である。『日本百名山』においては、蔵王連峰を称して蔵王山と紹介されている。
蔵王連峰の主峰は熊野岳(1,841メートル)で、他に、三宝荒神山(1,703メートル)、地蔵山(1,736メートル)、五色岳(1,674メートル)、刈田岳(1,758メートル)、杉ヶ峰(1,745メートル)、屏風岳(1,817メートル)、不忘山(1,705メートル)などの峰が連なる。少し西側には、瀧山(1,364メートル)がある。これらの山を総称して蔵王と呼ばれる。
蔵王連峰の名前は、蔵王権現を祀ったことに由来する。
熊野古道
熊野古道(くまのこどう)は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称。
熊野古道とは、主として以下の5つの道を指す。多くは、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されたが、紀伊路は登録されていない。なお、これは「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」(スペイン)と共に珍しい道の世界遺産である。
小辺路(高野山-熊野三山、約70km)
中辺路(田辺-熊野三山)
大辺路(田辺-串本-熊野三山、約120km)
伊勢路(伊勢神宮-熊野三山、約160km)
大峯奥駈道(吉野-前鬼-熊野三山、約140km)
熊野市駅
熊野市駅(くまのしえき)は、三重県熊野市井戸町809-3にある東海旅客鉄道(JR東海)紀勢本線の鉄道駅 駅である。熊野市(旧・木本町)の中心駅で乗降客も多く特急列車も停車し、紀勢本線運行上の節目の駅ともなっている。
プラットホーム#分類 単式ホーム・プラットホーム#分類 島式ホーム混合の2面3線をもちプラットホーム#分類 単式ホーム側に駅舎がある地上駅である。このあたりの駅の中では規模が大きい。ホームとホームの間の連絡は跨線橋でなされている。
:1番線 - 新宮方面
:2番線 - 松阪方面
:3番線 - 新宮松阪両方面
大きな三角屋根が目印の駅舎は開業当初からの木造のもので、改装しながら大切に使っている。
熊野本宮大社
熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)は和歌山県田辺市本宮町 (和歌山県) 本宮町にある神社。熊野三山の一つ。熊野権現 家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)を主祭神とする。別名を熊野坐大神(くまぬにますおおかみ)、熊野加武呂乃命(くまぬかむろのみこと)という。
現在の本殿には上四社(上記参照)の4柱が祀られている。中四社と下四社の神は旧社地である大斎原に小さな祠が建てられて祀られている。
現在は社殿は山の上にあるが、1889年(明治22年)の洪水で流されるまで、熊野川の中洲にあった。創建以来その中州にあったと思われ、明治の洪水が起こるまでは社殿が流される事態などにはならなかったのだが、明治以後、山林の伐採が急激に行なわれたため、山林の保水力が無くなり大規模な洪水を引き起こしたのだと考えられている。現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、大鳥居が建っている。
熊野那智大社
名称=熊野那智大社
熊野那智大社拝殿
所在地=那智勝浦町那智山1番地
祭神=熊野権現 熊野夫須美大神
社格=官幣中社、別表神社
創建=不明(伝仁徳天皇5年)
例祭=7月14日(扇祭、那智の火祭り)
本殿=切妻造向拝付
熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある神社。熊野三山の一つ。熊野権現 熊野夫須美大神を主祭神とする。
2004年7月1日、ユネスコの世界遺産 世界文化遺産に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録された。
現在は山の上に社殿があるものの、元来は、現在、飛瀧神社がある那智の滝に社殿があり滝の神を祀ったものだと考えられる。那智の滝は「一の滝」で、その上流の滝と合わせて「那智四十八滝」があり、熊野修験の修行地となっている。
熊野速玉大社
名称=熊野速玉大社
所在地=和歌山県新宮市新宮1
祭神=熊野速玉大神熊野夫須美大神
社格=式内社(大)・官幣大社・別表神社
創建=伝景行天皇58年
熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)は、和歌山県新宮市新宮1にある神社。熊野三山の一つ。熊野権現 熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。
創建年代は不詳である。
熊野速玉大神はイザナギ 伊邪那岐神とされ、熊野夫須美大神はイザナミ 伊邪那美神とされるが、もともとは近隣の神倉山の磐座に祀られていた神で、いつ頃からか現在地に祀られるようになったといわれる。神倉山にあった元宮に対して現在の社殿を新宮とも呼ぶ。
熊野三山
熊野三山(くまのさんざん)は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三つの神社の総称。熊野三山の名前からもわかる通り、仏教的要素が強い。2004年に、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、高野山などとともにユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
”熊野権現も参照のこと。”
熊野の地名が最初に現れるのは日本書紀の神代記で、神産みの段の第五の一書に、イザナミ 伊邪那美命が死んだとき熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)というところに葬られたという記述がある。国家が編纂した歴史書(正史)に熊野の名が登場するのは日本三代実録からである。
熊野信仰
『熊野三山』より : 熊野三山(くまのさんざん)は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三つの神社の総称。熊野三山の名前からもわかる通り、仏教的要素が強い。2004年に、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、高野山などとともにユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
”熊野権現も参照のこと。”
熊野の地名が最初に現れるのは日本書紀の神代記で、神産みの段の第五の一書に、イザナミ 伊邪那美命が死んだとき熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)というところに葬られたという記述がある。国家が編纂した歴史書(正史)に熊野の名が登場するのは日本三代実録からである。
熊野 (能)
『熊野』 (ゆや) は能を代表する曲の一つである。作者は、金春禅竹とも言われるが不明。禅竹の著書,歌舞髄脳記に『遊屋』の記述がある。喜多流では『湯谷』。平家物語の巻十、海道下(かいどうくだり)の場面から発展させたと思われる。
演目名=熊野
作者(年代)=不詳。金春禅竹説あり
(室町時代?)
形式=現在能
能柄=三番目物、鬘物
シテ=熊野(平宗盛の妾)
登場人物=朝顔、平宗盛
季節=春。花見の頃
場所=京都 清水寺など
本説=平家物語
よみかな=ゆや
作中で「自分と同じ名前だ」として熊野権現、今熊野(いまぐまの)を挙げている。つまりは喜多流以外では主人公は「くまの」さんだと思われるが、ここでは音読みで「ゆや」と読む。
熊野川町
廃止日=2005年10月1日
廃止理由=新設合併
廃止詳細=新宮市・熊野川町 → 新宮市
現在の自治体=新宮市
自治体名=熊野川町
区分=町
地方=近畿地方
都道府県=和歌山県
支庁=
郡=東牟婁郡
コード=30425-5
面積=175.47
境界未定=なし
人口=2,040
人口の時点=平成17年6月30日
熊野町
自治体名=熊野町
区分=町
都道府県=広島県
支庁=
郡=安芸郡 (広島県) 安芸郡
コード=34307-2
面積=33.62
境界未定=なし
人口=25,927
人口の時点=2006年4月1日
隣接自治体=広島市安芸区、東広島市、呉市、安芸郡海田町
木=梅
花=梅
シンボル名=他のシンボル
鳥など=うぐいす
熊野跡村
廃止日=1974年11月1日
廃止理由=編入合併
廃止詳細=広島市、安芸郡安芸町、
安芸郡熊野跡村→広島市
現在の自治体=広島市
自治体名=熊野跡村
区分=村
都道府県=広島県
支庁=
郡=安芸郡
コード=34306-4
面積=19.98
境界未定=なし
人口=1,506
人口の時点=1974年3月31日
熊野別れ交差点
熊野別れ交差点(くまのわかれこうさてん)とは、広島市安芸区矢野町 矢野東1丁目にある交差点の名称。三叉路になっている。略して熊野別れと呼ばれる事も多い。
1965年頃に広島県道34号矢野安浦線が国道31号と西日本旅客鉄道 JR西日本在来線の呉線を潜る形になり現在の姿になった。戦前より海田町から呉市に向かう国道31号が地平を通り、そこから熊野町・東広島市・呉市焼山方面に向かう県道34号が国道31号の下を潜り分岐・合流している。そのため、道路の冠水を知らせる赤色灯が設置され、冠水時は通行止になる。
広島県内の渋滞の名所で、国道31号の渋滞は、この交差点付近で発生する事が多い。原因として、広島市から呉市及び熊野町に向かう自動車の交通量が多く、その分岐点であり交通の要所である事。また熊野別れを境に呉方面及び熊野方面の道路は片側1車線と狭く、逆に海田町に向かう道路は片側2車線と広くなっている事が渋滞が発生しやすい要因である。また、ここから国道31号起点の大正交差点まで渋滞が直結してしまう事もしばしある。
熊野湛増
『湛増』より : 湛増(たんぞう 大治5年(1130年)-建久9年(1198年))は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した熊野三山の社僧。21代熊野別当。18代熊野別当湛快の次子。源為義の娘であるたつたはらの女房(鳥居禅尼)は湛増の妻の母。武蔵坊弁慶の父と伝えられるが、伝承のみで確証はない。
1159年の平治の乱では、父湛快が平氏方につき、平氏から多大の恩顧を受ける。
1180年の治承・寿永の乱でも、当初、湛増は平氏方につき、源行家の動向を平家に報告して以仁王の挙兵を知らせた。また、配下の田辺勢・本宮勢を率い、新宮で源行家の甥に当たる範誉・行快・範快らが率いる源氏方の新宮勢や那智勢と戦ったが、敗退した(『平家物語』)。
熊野川
熊野川(くまのがわ)は、奈良県、和歌山県、三重県を流れる新宮川水系の本流で一級河川。流路延長183km、流域面積2,360km²。
1970年に一級河川の指定を受けた当初は新宮川(しんぐうがわ)であったが、地元では熊野川の呼称が定着しており、変更の要望が多かったため1998年4月9日、法定名称が熊野川と変更された。水系名は新宮川水系のままである。
奈良県では流域の大部分で急峻な所を流れるため、川全体としてダムが多い(詳細は次項)。ここまでは、熊野川の奈良県内(十津川水系)のダムである。他に奈良県内では北山川水系があり、和歌山県新宮市熊野川町宮井で合流する。厳密には北山川は熊野川の支流であるが、北山川の流路延長もかなり長いので北山川も本流とする見方もある。
熊野輝光
熊野 輝光(くまの てるみつ、 1957年8月28日 - )は香川県木田郡三木町出身。昭和後期・平成期のプロ野球選手。右投げ左打ち。守備位置は外野手。現在はオリックス・バファローズのスカウトグループ副部長(中部・東海・北陸地区担当)。
志度商業高校(現・香川県立志度高等学校 志度高校)から中央大学に進み、東都大学野球で活躍した。1979年ドラフト3位で東京ヤクルトスワローズ ヤクルトスワローズに指名されたが入団を拒否し、日本楽器硬式野球部(現・ヤマハ硬式野球部)に進んだ。1984年のロサンゼルスオリンピック野球日本代表に選ばれ、広澤克実らと共に金メダル獲得に貢献。同年のドラフトではオリックス・バファローズ 阪急ブレーブスから3位で指名され27歳と高齢だったが、翌1985年に入団した。1年目からレギュラーに定着し、118試合に出場。本塁打を14本放ち、新人王を獲得する活躍を見せ、晩年の阪急を支えた。
熊野三所大神社
名称=熊野三所大神社
所在地=和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字浜の宮353
祭神=夫須美大神、家津美御子大神、速玉大神
創建=欽明天皇 欽明帝代
例祭=2月13日・2月14日 14日
熊野三所大神社本殿正面 }}
熊野三所大神社(くまのさんしょおおみわしゃ)は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある神社。夫須美大神・家津美御子大神・速玉大神の三神を主祭神とすることが名称の由来とされる。主祭神像三躯は国の重要文化財に指定されている。
境内には九十九王子のひとつ、浜の宮王子の社跡がある。
九十九王子のひとつである浜の宮王子の社跡に建つため、浜の宮大神社(はまのみやおおみわしゃ)とも呼ばれる(王子社殿は宝永の津波で流失した)。浜の宮王子の守護寺である補陀洛山寺が隣接しており、神仏習合の名残を観ることができる。
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